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11-(4)-①-a-(d)   餐霞亭主墓碑 さんかていしゅぼひ

この主墓碑は、友人3人と遊学中に松島で亡くなった南総木更津の人で稲次家8代当主眞年(まとし)の供養碑として建立されたものと解される。眞年が病没したとき、荼毘(だび)に付され、遺骨は郷里に持ち帰えられている。菩提寺は、選擇寺(せんちゃくじ 千葉県木更津市)。

    ※選擇寺のホームページでは、詳細に紹介しています。ぜひ、クリックしてご覧ください。

木更津市史は、眞年という人物を「年少にして詩を賦し、文にすぐれ、書道にも通じ、草書、隷書まで能くかけた」と紹介している。

▲齋譽眞年居士墓(千葉県木更津市の選擇寺境内)

餐霞亭主墓碑

  

碑の本文は漢字のみで刻まれている。以下の内容は、読みやすいように加工してあります。 

 姓は稲次、諱(いみな)は眞年(まとし)、字(あざな)は子音、通称 作左衛門、南総の君去津(=木更津)の人、寛政八年(1796年)生まれ、文政十三年(1830年)奥の松島を訪れたときに病没、享年35歳、尾島(=雄島)の松吟庵の傍らに葬る
             木更津邑
     餐霞亭主墓
                   藍屋
難面もかくれし月や啼蛙           雪空舎南悠
行春と思へと尽ぬ名残かな       欣多楼爽章
一羽かもて帰りはかなし鴈(がん)の声 孤坐亭一架
春の葉も易くて消つ分れ霜       畔戸斎一川
      文政一三年庚寅閏三月

 (背面)

                  補助

                  扇屋弥右衛門

                  石工

                  長三郎

※画像提供:選擇寺  (注) 譽=「譽」