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6-(5)-① 井土浦 成立過程
▲井土浦の全景~奥に見えるのが広浦

<成立過程>


・閖上風土記によれば、「名取川河口は、大正の初期まで南端にあり、その後広浦南端と井土浦北端の間を移動していた。」との記述がある。

・それ以降の地形の変遷は次の図のとおりである。
・明治40年(1907年)測量の地形図によると、名取川の河口は現在の位置から約1km南の広浦にあった。

・昭和5年(1930年)の地形図では、名取川の河口は今の井土浦を1kmほど北上したところで海側に開口しており、井土浦と広浦が一つながりになって名取川を柄にしてT字に広がり、現在河口となっている市は砂浜がつながっていた。

・昭和19年(1944年)の地形図では、名取川河口は現在の位置に固定したが、その他には大きな変化はない。

・昭和40年以降、広浦の北部について大きな変化が見られるものの、井土浦の地形は河口の位置を除いてほとんど変化していない。

​昭和57年修正測量

出典:『仙台湾海浜地域保全の進め方』 平成12年3月 宮城県